なぜ農業を始めたか

私は40代で会社を辞め、農業の世界に入りました。
20代前半は演劇(舞台)活動に明け暮れる日々を送りましたが、役者としては芽が出ず、人生初の挫折。
夢を諦めて東京の広告代理店に就職、東京ビッグサイト、幕張メッセなどで各種展示会のブース企画運営を担当しました。
やがてステージの演出(裏方)のほうに興味が沸き、ステージ演出を得意とするイベント制作会社に移り、やがてフリーランスの道へ。あまりの多忙さに身体が悲鳴を上げてしまい、芸能事務所のアルバイトをしながら、日々ののりしろを稼いでいました。
(どんなに生活に困っても、好きな仕事しかしたくない!)
大好きな映画関係(宣伝)の仕事はないかと、生まれて初めてイチからの就職面接試験(それまでは全て現場の出会いや人の紹介)を受けましたが、ことごとく不合格。
溜めていた貯金も使い果たし、文字通りのどん底生活。しかし30代を迎え転機が訪れました。
ある就職情報誌。東京を拠点にダイビング事業を展開する企業が広報担当を募集している人材募集広告が掲載されていました……。
思い起こせば学生時代。本屋でダイビング雑誌を立ち読みしては、見果てぬ海の夢を描いていました。当時は役者が第一義でしたので、そんな高級な遊びは到底できません。
そんな憧れの職業を得意分野の担当者として手に入れた私は有頂天でした。
日本の海、世界の海。仕事にかこつけて潜って潜って潜りまくりました。
その後、水中撮影機材メーカーへ。そこでもやりたい放題を貫きました。
思い上がった行動をとったこともありましたが、海を通して素晴らしい友達や仲間が大勢できました。
そんな私も45歳を迎えた頃から再び藪の中に迷い込みました。
将来に対しての漠とした不安。
そのとき、フッと浮かび上がってきたのは「自分で自分の旗を立てたい」という欲求でした。
若い時代、フリーランスとして大失敗を経験して以来、起業には向かない性格だと思い込んでいたのです。
今の自分にできることから必死に探しました。最終的に残ったのは、第一次産業。
私は20代の頃からライフワークとして執筆活動(ノンフィクション関連)を続けています。水俣取材の過程で出会った半農半漁の漁師さん(海ではチリメン漁、山ではみかん)から多大な影響を受けたことが最初のきっかけですが、もともと山梨の中道地区で桃農家をやっている叔母がいて、毎年2〜3回くらいは手伝いにいっていました。
その叔母の作った桃が絶品だったことを思い出した途端、単純な私は突然閃いてしまったのです。
(あんな美味しい桃を自分の手で作ってみたい!)
思い立ったら吉日。熱い気持ちがフツフツと込み上げてきた私は、山梨県農業大学校の果樹コースで農業の基礎を学びました。
それまで土いじりさえ興味がなかった私が、いまでは毎日土と埃にまみれ、無我夢中で農業にのめり込んでいます。
いち農家からのスタート。
縛るものはなにもありません。己の努力次第によって十分幸せに生きていけるはずだと確信しています。




 

目指すファームの姿

農業を始めた当初、それこそ桃しか眼中にありませんでしたが、中道地区で出会った師匠が作るとうもろこし(きみひめ)の味を知ってから野菜つくりにも開眼。今では果樹と野菜の複合経営を行っています。
春にはとうもろこし、春野沢菜、春かぼちゃ。夏になると桃やすもも。秋にはナスや秋かぼちゃ、そして冬直前に秋野沢菜。合間を縫って様々な露地野菜を作っています。
 
これからは自分が作るだけではなく、誰もがいつでもフラリと農業体験に来られるようなアットホームな農園にしたいと思っています。
 
尾崎桃太郎ファームのFacebookアカウント
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修業時代。お世話になったご夫婦と
 

ファーム概要

屋号

尾崎桃太郎ファーム

住所

〒400-1507
山梨県甲府市下向山1940

主宰

尾崎太郎(甲府市認定農業者)

メールアドレス

shop@ozakimomotaro.com

ホームページURL

http://ozakimomotaro.com

生産品目

桃、スモモ、スイートコーン(きみひめ)、ナス、その他野菜

アクセス

JR「甲府駅」から車で約30分

新宿駅南口「バスタ新宿」から「甲府」行き中央高速バスで「中道」下車で約1時間50分

 

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